◆ 感想文

     矢野氏はマクロ経済量の時間変動を表すDSGEモデルについて、そのキーとなる手法のアイデアを説明された。多くの経済現象はその素過程が未知もしくは複雑過ぎ、内部メカニズムに基づく適切なモデルを提案しづらい。さらに、観測データは幾つかのノイズを含むために解析する際に適切な推定を行う必要がある。
     DSGEモデルは状態空間モデルの枠組みに基づいている。状態空間モデルとは(観測可能な)データY(t)から、(観測不可能な)状態データX(t)を推定する事を問題とする。Y(t)やX(t)はそれぞれ観測ノイズやシステムノイズを含んでおり、ある密度分布で表現される。Y(t)が複雑な分布の時、X(t)を推定することが難しいことは容易に想像できるが、この時に役立つ手法が粒子フィルター(=モンテカルロフィルター)である。
     単純に述べるならば、粒子フィルターとは複雑な密度分布に合わせる形で重み付けされた粒子を生成し、それぞれの粒子について状態空間モデルを用いて時間発展を行い、粒子密度分布の形で状態データの密度分布を得る手法である。この手法は複雑な分布を持つ確率変数の時間変動を推定する事に役立ち、特に内部メカニズムが良く分からない現象をモデル化する場合に有用である。矢野氏が対象とされるマクロ経済現象は内部メカニズムが良く分からない現象であり、粒子フィルターが役立つ典型例だと感じた。私自身内部メカニズムが良く分からない現象については統計モデルという手法もあることを学ぶ事ができ、また粒子フィルターの手法自体も慣れ親しんでいるモンテカルロ法の応用であることから、今後自らの研究でも使ってみたい。

     本シンポジウム全体を通して、現代の統計学はよく知られている正規分布に代表される基本的な分布や平均値、分散といった典型的な分布の特徴量を超え、円データや複雑な時系列についてより優れていると考えられる特徴量が提案され応用されてることを各講演者が紹介されていた。また、事前確率から事後確率を推定するベイズの定理を巧みに用いたベイズ統計は現代の統計モデルの中心的な枠組みを担っていることも幾つかの例を通して紹介されていた。我々、現象数理学の研究者は現象の本質をモデリングを通して理解することを目指しており、内部メカニズムや直感的に因果関係を想定した現象的なモデリングを通常行う。しかし、内部メカニズムや因果関係がハッキリしない現象やデータを意識したモデリングを考える場合は統計的モデリングも選択肢の一つにある事を意識すべきであろう。現象モデリングと統計モデリングの役割分担の明確化、もしくは適切な組み合わせが今後の現象数理学の展開に繋がる一つの方向性であるように思える。

    木下修一(明治大学研究推進員)

     9/1にHai-Yen Siew氏による現象数理若手シンポジウムが開催された。Siew氏の専門分野は統計科学であり、シンポジウムの内容は地震学、環境学、経済学などに現れる複雑現象について統計の立場から解明するものとなっている。ここではシンポジウム前半の地震学、環境学に焦点をしぼって感想を述べたい。まず午前の2セッションでは、Siew氏および統計数理研究所のJiancang Zhuang先生により、地震学における統計科学手法について講演がなされた。両氏は、適当なタイミングで起こる地震などの事象についてその時系列解析の新しい手法を中心に講演された。これをもとに実際のデータと関連付けた予測の結果を紹介された。講演を通して通常の小さい揺れに関する予測精度がよい反面、いわゆる大地震などについては現状ではまだ予測が難しいことを知った。特に日本人にとって、地震に関する理解は重要な課題である。地震予測などの話題について日常的な関心を持つ必要性を感じた。
     次に午後のはじめの2セッションでは、円周上の確率分布、ならびにその森林分布への応用がトピックとなった。鳥の群れの移動方向など、360度の方向性を持つ事象に関してはよく知られている数直線上の分布ではなく、円周上の確率分布を考える必要がある。加藤昇吾先生の講演ではBrown運動によって生じるある確率分布についての数学的結果が紹介された。私の専門分野は数学であり、非常に聞きやすかったと同時に興味深い成果が得られたとの印象を受けた。続く阿部俊弘先生の講演ではヨーロッパの森林倒木の方向と風の関係について、円周分布が応用されることを紹介された。理論研究よりの私にとっては、環境問題の観点からこうした統計調査が行われていることが新鮮であった。これまでには、統計科学に触れる機会があまりなかったが、諸分野において実際に統計手法がどのように用いられているかを勉強することができ、いい機会となったと思う。

    若狭 徹(明治大学研究推進員)