◆ 感想文

     道徳とは何かというのは難しい問いだが、中井先生は、「約束を守る」という解釈で、この問題をゲーム理論の利得行列に落とし込んだ。ここで用いられる利得行列は囚人のジレンマ型だが、個々人がそれぞれの状況に対して持っている価値観は、模倣や共感、啓示によって獲得され、彼らの行動はあくまでもその価値観に基づいて決まる。ただし、利得の低い行動をとる個体は挫折し、自らの価値観を変更するという現実的な仮定も入っているため、このようなゲーム的状況でどのような場合に道徳的個体が増えるかを見ることで、現実世界で道徳が広まる条件を探ることができる。本発表によると、啓示によって「利得に執着しない人間」が現れることと、共感によって価値観が広まることが、道徳が広まるために必要であるとのことであった。  人類進化において道徳的感情がどの段階で出現したのかは難しい問題であるが、ドマニシの化石証拠などから考えて、ホモ・エレクトス段階で既に何らかの道徳性、弱者をいたわる心が獲得されていたであろう。一方この段階では、まだ言語能力は未発達だったと考えられている。価値観の共有には言語は必要なく、ただ行動観察によって成し遂げられたのであろうか。

    中橋渉(明治大学研究推進員)

     今回の現象数理若手シンポジウムにおいては社会学の話題が中心で、我々が日々研究している現象数理学への新たな可能性を示して頂いたように思います。 今まで現象数理学においては、具体的な現象の記述を目的とし、モデルの構築、分析を行ってきました。一方社会学で扱う現象は記述が困難な複雑な現象を対象とし、そこでは知りたい現象の本質を抽出し、モデル化する。さらにある条件を加えることにより、どのような帰結を得るのかという、一種の数理的な思考実験を行っています。つまり現象を捉える際の手法は同じですが、目的が少し異なります。  私は同じ社会科学である経済学を勉強してきたためか、時折現象数理学について違和感があることがあります。しかしこの研究会を通して、現象数理学と既存の社会学や経済学との融合を行うためには、具体的に如何にすべきか、ということに対するヒントを得ることができました。  また具体的な研究内容については、ゲーム理論を使う研究が多く、ゲーム理論を複雑な現象に対していかに使うのか、つまりモデリングについて新たな知見を得ることができました。例えば中井氏や武藤氏、また大浦氏の講演では、通常固定されている利得構造が変化する場合やグループが存在する場合を考察されています。このように拡張することにより、経済学において考察されてきていないようなゲームをエージェントベースシミュレーションや数理を用い、考察されていました。  このように私の専門であるゲーム理論が様々な形で応用され、如何に使用し、具体的な社会現象を説明できるのか。また今回のように現象数理学と数理社会学との具体的な対話を通して、今後より具体的な現象に迫るためにヒントを得ることができたように感じました。

    吉川満(明治大学Ph.D.学生)