◆ 感想文

     井原氏の講演は、進化生物学、そして社会学でも数理的な研究ではよく用いられる「タカハトゲーム」の枠組みを用いて、内集団贔屓(In-group loyalty)および権威(Prestige)が出現するメカニズムを分析したものである。内集団贔屓、権威を人間特有な社会行動でるとみなし、その進化的安定性(ESS)の条件を見出すにあたって、「文化」というパラメーターを用いたことが、もっとも重要なところであった。じっさい、(その定義にもよるが)文化の存在は人間特有と考えられている。文化を獲得したことで、内集団贔屓や権威も発生したという井原氏の主張は、非常に面白いものであった。  だが、上にも少し書いたように、文化はその定義を変えれば決して人間特有のものではない。鳥には地域によって同じ種でも鳴き方に方言がある。猿には地域によって道具使用のパターンに違いがある。このような、生得的でない獲得された行動の地域間変異を「文化」と仮に定義しても、井原氏の数理モデルに合致してしまう。とすると、他の動物にも文化はあるのに、なぜ人間だけに内集団贔屓や権威があるのかを説明できなくなってしまう。  ところが井原氏の発表にはもう一つ大事な側面があった。内集団贔屓は、僅かな文化の蓄積とともに広がっていく。ところが権威はある程度文化が広まった後で初めて広がっていく。この二点である。  じつは内集団贔屓はけっして人間特有の現象ではない。私がかつて主な研究対象としていたニホンザルでは、同じ群れの個体とはある程度は仲良くするが、群れ外の個体に対しては攻撃的に振舞うことが普遍的に観察されていた。「同じ群れに居ること」から生じる何らかの文化行動(それが何かは不明であるが)がほんの少しでもあれば、内集団贔屓は進化するという点で、モデルと実際の観察は適合している。いっぽう、たしかにニホンザルの群れの中には順位というものがあるが、これはあくまで個体の身体的な強さや味方になる個体の数によって決まるものであって、「文化」によって決まるものではない。つまりニホンザル(おそらく人間以外の他の動物すべて)には権威は存在しないと言える。  たしかに人間以外の動物にも簡単な文化はあると言える。だが、非常に洗練された文化を獲得し、また文化の内容が生存そのものに強く影響するのは人間だけといえよう。そのように、強く文化に規定された人類だからこそ、内集団贔屓だけでなく権威も産んでしまう。井原氏のモデルはそのようなことも説明しうる、非常に優れたモデルであると思った。

    堀内史朗(明治大学研究推進員)

     増田氏の講演「ネットワーク上の侵入ダイナミクス」は人類進化だけではなく、感染症伝播など他の現象にも関わる普遍性の高いモデルであることが知られている。ネットワーク上の侵入ダイナミクスはこれまで盛んに研究されているが、先行研究は無向グラフ(=ネットワーク)上での侵入ダイナミクスが主な対象であった。しかし、現実の侵入過程を考慮すると必ずしも無向グラフに限定すべき理由は無い。 そこで、まず増田氏は無向グラフ上での侵入ダイナミクスを有向グラフ上での侵入ダイナミクスに拡張し、3つのダイナミクスモデルについて突然変異個体の固定確率を計算した。3つのモデルそれぞれにおいて異なるが、基本的に各ノードの固定確率は出力リンク数に比例し、入力リンク数に反比例する結果が得られた。そして、この結果は一様なネットワーク上では上手く固定確率を予測できる。しかし、一部のノードが密に絡み合い一部のノードが疎であるような非一様なネットワーク上では固定確率を上手く予測できない。この原因は上記の固定確率の解析計算を行う際に平均場近似を用いている事に起因する。平均場近似は文字通りあるノードへの周りからの影響を平均化する。つまり、非一様なネットワークの影響を無視しているのである。増田氏は非一様なネットワーク上で固定確率を計算するために全体の特徴を現すモジュラー構造を設定し、各ノードが持つループ構造をspanning treeに分解する手法を用いネットワークの非一様性を考慮した固定確率の計算に成功した。 本講演は非常に明快な研究結果であり、特にループ構造をspanning treeに分解する手法は私自身の今後の研究に直接役立つ手法である。今回得た知識も研究上の一つの武器として現象数理学に貢献したい。

    木下修一(明治大学研究推進員)