◆ 感想文

     生物のミクロレベルの現象の理解には、ミクロレベルの物質の相互作用、すなわちネットワークの理解が必要不可欠である。望月氏は、生体内分子ネットワークを、活性のオンオフという2状態でとらえることで、問題を単純化し、鮮やかにモデル化した。モデルは普遍的な生物モデルと言うより、むしろ小さい機能など生物の仕組みを理論により理解・予測出来るようになる事を目指した研究である。特に、実験家に役立つ理論を意識しており、複雑に相互作用している生体内分子ネットワークの部分構造から、システム全体のダイナミクスを予測できる理論を明示した。
     具体的には部分的なネットワーク構造(関数関係)である「不和合性」と「独立性」によりシステム全体のダイナミクスの定常状態の可能性が絞られるというものである。「不和合性」とはある分子Aに対する入力分子の活性状態が同じ場合に分子Aの出力が異なる値となる事を指す。実際は入力分子の活性状態が同じ場合、分子Aの出力は同じ値を取るはずである。「不和合性」は可能な活性状態の上限を決める事になる。また、「独立性」は活性状態の可能な組み合わせを表わす。この2つの性質を用い、ネットワーク構造からシステム全体のダイナミクスの定常状態を予測する事が出来る。望月氏はこの理論モデルを用い、実験家によって作られた実際のネットワークの不十分な点を予測して見せた。この予測の実験家による検証はまだ行われていないようだが、それが今後行われていくことで、理論研究が実証研究に生かされるという、我々理論研究者の目指す理想的な関係が築かれていくであろう。
     望月氏の講演を含む、本研究会全体に対する感想として、生物のミクロレベルの現象の理解に数理的研究が貢献する時代が到来しつつあることを実感した。私は、生物のマクロレベルの現象の理解を目指した研究を行っているが、こちらの分野でも数理的研究が実証研究に貢献できるよう、研鑽が必要であると痛感した。

    中橋 渉(明治大学研究推進員)

     生物は膨大な数の遺伝子が転写因子を介してネットワーク構造を構成することで、特定の形態を実現している。では、ネットワーク構造の変化は生物の形態形成にどのように影響を及ぼすのであろうか?という素朴な疑問が生まれる。本講演では、実験的知見が豊富な節足動物のストライプパターンの形成過程に注目し、数理モデルを用いた数値実験から得られるネットワーク構造とそのパターン形成の関係について述べられていた。
    節足動物の胚発生には、短胚型と長胚型と呼ばれる二つのストライプパターン形成過程がある。前者は細胞分裂を通じ、胚の伸長とともに一つずつ成長する、いわば自己組織的なストライプ形成パターンであるのに対して、後者は体節の数や位置が正確に制御され、すべてのストライプパターンが1回の分裂の周期の間に形成される。これらの違いは特定の遺伝子の存在ではなく、ネットワーク構造の違いによるものである、という報告もあるらしい。
     藤本氏は、パターン形成のメカニズムを反応拡散方程式で数理モデル化すると同時に、ネットワーク構造の世代発展を遺伝アルゴリズムに基づいてシミュレーションし、結果、ストライプパターンが上述したような二つの形成過程によって成り立っていることを示されていた。さらに、これらはnegative feedback loop (nFBL) と呼ばれるネットワーク構造内の特徴の個数によって決まることも明らかにされていた。 このように、現象に対して数理モデルを構築し、そのモデルを解析することで現象を説明し、新しい知見や予測までをも探り出す研究は現象数理学そのものであり、藤本氏の講演を通じて、生命システムにおける進化現象だけでなく、様々な分野で数理が貢献できることを改めて実感した

    友枝明保(明治大学研究推進員)